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新渡戸稲造「武士道」

日本人が外国へ向け、日本の精神について紹介した本ですね。
いや、実はまだ私は読んでる途中なんですけどね。

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こういうものを読むと、
変わったモノ、なくしてしまったモノ、というものがよく見えてきますね。
また、どれだけ綺麗に言い飾っても、今の日本には決して受け入れられないであろう、モノというものもまた、あるんだろうな、と。


揚げ足とるような突っ込みをしちゃうとですね。
タイトルにもあるとおり、この本は武士道という精神風土を取り扱っているわけです。
まだ前半部分までしか読んでないんですけど、
読んでると、まるで武士道精神が日本の国民性、日本全体の精神風土であるかのように錯覚し、自分が誇り高い民族の一員なのだと思ってしまいそうなのですが。

よくよく考えると、
当時、各幕府時代において、武士さらに公家の人間も含めたとしても、
彼らは日本全体における人間のどれだけの割合だったのでしょうか?
私の浅知恵で例えさせてもらうなら、
日本における武家、公家は、欧州でいう貴族、王族といった人種だと思うんです。

そんな少数の人間の美学、信念、信義、倫理が、
日本全体の精神風土になれるか、というと甚だ懐疑ではありますよね。

とはいえ、その武士道精神がある種の理想的な精神風土であることは間違いなく、日本人として、一剣道家として、知っておくべきものでもあると思うわけです。

それに、武士は食わねど高楊枝、武士に二言無し、
その他諸々、こういうことわざに武士の悪いイメージを持たせるようなものが無いに等しいことから、
武士道というものが、彼らの独り善がりのものではなかったのだと、
その姿に農民や商人も尊敬とまではいかずとも何かしら思うところがあったのではないか、と思うわけです。

敵に情けをかけられるのは余裕があるということで、
敵の情けを受けられないというのは余裕がないということで。

武士とは誇りであり、理想ですよねえ。
あわよくば、いや、願わくば、理想ではなく、現実のものとしたいところではありますが。
当時の武士が今の私たちを見て、自分たちにはないものがある!と、
誇りだと、理想だと、思ってくれるようなものが、私たちにあるんでしょうか。
うーん。
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